参議院議員 中曽根弘文
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自由民主党群馬県支部連合会監修 
新しい時代を拓く政治家
現場主義と卓越した行動力
 中曽根の卓越した行動力の源泉は、スポーツに熱中した学生時代、そして旭化成工業株式会社での海外経験にあるのではないだろうか。
 小学四年まで高崎で過ごし、高校、大学では体育会陸上ホッケー部に所属。インターハイ第三位や全日本学生選手権準優勝等数々の好成績を残した。
 昭和四十三年に旭化成入社。合成ゴム製造工場等での三交代勤務も経験。後半は海外事業担当課長として主に石油化学プラントの輸出や合弁会社の設立等で世界中を飛び回った。「企業の本質は現場にある」と、政治家となっても企業視察の際は必ず工場等の現場に足を運ぶ。旭化成はバレーボール、駅伝、柔道の強豪としても有名。多忙な仕事の傍ら、週末は応援団の副団長として全国の試合会場を駆け回った。
 五十八年、父・康弘の首相就任に伴い、旭化成を退社し秘書に就任。「国の最高責任者として父親が最高の仕事ができるよう自分に出来ることがあれば力を尽くそう」という思いからだった。当初は政治家となる意志は無かったが、「総理秘書として政治の中枢で働き、各国首脳との数々の外交の現場に立会えたことは貴重な経験だった。世界の要人達とも家族ぐるみの付き合いが出来た」と、自身が振り返るように知らず知らずの内に政治家修行が深まっていった。

 
参議院の柱としての存在感
 六十年に入り、県内でも翌年の参議院選の候補者選びが本格化。「自民で二議席独占」という掛け声の中、現職の福田宏一氏に加え、もう一人の候補者選考が県議団を中心に進められた。新人候補発掘が難航を極めた末、最後は中曽根に出馬要請が。ここに至り政治家として生きていく腹を固めた。翌六十一年の選挙ではトップ当選。民間企業で働いた経験を生かし、主に商工畑を中心に活動し、産業の振興に力を注いだ。
 平成二年十二月に通産政務次官に就任。翌年一月の湾岸戦争勃発に伴い、通産省内に湾岸危機対策本部が設置され、副本部長として国民生活の危機回避の指揮にあたった。実は中曽根はこの平成二年の五月、予算委員会で質問に立ち「ソ連等の軍事大国からの武器輸出により中東は『世界の火薬庫』とも言える危険地域になっている。紛争防止のため、武器輸出規制の国際合意が必要。サミットで各国首脳に提案すべき」と、時の海部首相に提言。湾岸戦争の発端となったイラクのクウェート侵攻はその二ヶ月後。中曽根の国際性と先見性を示すエピソードだ。三年五月にロンドン、パリで開催された「テクノグローバリズムに関するシンポジウム」で英語で講演。「通訳を入れない直接対話」が好評を博したことは、国際派・中曽根の面目躍如たるところ。
 五年に商工委員長に。PL法(製造物責任法)制定をめぐる時期であった。また、円高不況下でもあり特に中小企業対策には心を砕いた。
 その後、党の国会対策筆頭副委員長としてスムーズな国会運営のための与野党間調整でもズバ抜けた手腕を発揮。元来の人当たりの良さと気配りに加え、筋を通して誠実に粘り強く交渉に当る中曽根に、各党から厚い信頼が寄せられた。余談だが、地元後援者のみでなく彼を知る多くの人から「弘文さん」と親しみを込めて呼ばれている。このことからも中曽根の人柄を伺い知ることが出来る。
 その力量と人望をかわれ、議長、副議長に次ぐポストである議院運営委員長を務め、参議院の柱としての存在感を益々高めていった。中曽根は参議院の永年の懸案であった「委員会再編」や「押しボタン式投票」の導入を始めとする諸改革を強力に推進。更に参議院設立五十周年を記念した「子ども国会」「女性国会」などを開催し、「国民に親しまれ開かれた参議院」を印象づけた。

 
心豊かな人づくりに傾ける情熱
 中曽根が特に力を入れるのが青少年の健全育成と教育問題だ。初当選以来「長期校外研修制度導入による教員の資質向上」など様々な提言を行ってきた。
 平成十年に参議院自民党の政策の立案・調整の責任者、政策審議会長に就任。議員立法を数多く成立させると共に、自ら永年提唱し続けてきた「青少年健全育成基本法案」の成立を目指すなど種々の教育改革を提唱。
 そうした実績から、十一年に文部大臣・科学技術庁長官に就任。「戦後五十数年がたち、子供達を取巻く環境も大きく変化した。青少年犯罪の多発や教育現場の様々な混乱など、現在の日本の教育は崖っぷちにある。戦後の教育を総点検し、二十一世紀の日本の教育はどうあるべきか、どのような日本人づくりをしていくか等、教育全般について議論し、新しい時代の教育理念をうち立て、それに沿った改革をしなければならない」と訴える。その力量に各界からの期待は高い。兼任する科学技術庁長官として茨城県東海村での臨海事故の事後処理を行い、再発防止と災害対策のための法律を成立させ、原子力に対する信頼回復に全力を傾けると共に、将来の日本を支える宇宙開発やライフサイエンス等の科学技術の研究開発にも力を注ぐ。
 中曽根は「子や孫に明るい未来を手渡せるように全力で取り組む」と大臣就任記者会見でも述べているが、その真摯な姿勢と実行力に今後の更なる活躍が期待される。
(「平成十一年県政風雲録」より転載)


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